邪馬台国は奈良にあった!?

纏向遺跡
JR桜井線の巻向駅周辺には邪馬台国が存在した時代の古墳や遺跡が多く残っている。中でも駅から見える位置にある纏向遺跡からは同時代の大規模な集落跡が発見され、邪馬台国の中心部ではという説も出てきている。
その纏向遺跡がリニューアルされたと聞いたので訪れた。

纏向遺跡
この写真は2016年11月の纏向遺跡で、発掘調査後は埋め戻され、単なる原っぱに看板が建っているだけだった。しかしこれでは重要な遺跡を見に来てもよくわからんとの声も多かったので桜井市が整備を進め、建物跡の柱の跡に支柱をたてる「見える化」が完成した。

纏向遺跡
一番大きな建物(建物D)は当時国内最大級の建物で卑弥呼の居た建物と言う説が出ている。

箸墓古墳
纏向遺跡の南側にある箸墓古墳は卑弥呼の墓と言う説もある。

ただいくら整備されて見学しやすくなったとしても観光客が押し寄せるスポットでもない。邪馬台国が奈良にあったと断定されれば別だけど。
でも奈良人は邪馬台国は大和にあったと信じている。

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